【連載「山河令」の台詞を読み解く】第6回 如此星辰如此夜
この連載では、「山河令」の台詞に引用されている漢詩や故事と、そこに隠された意味を紹介します。
第6回 如此星辰如此夜
「山河令」の台詞には有名な漢詩や故事が多く引用されていて、そこには深い意味が隠されています。今回は第4話と第22話に登場する台詞「如此星辰如此夜」を解説します。
温客行と周子舒がそれぞれ口にする「如此星辰如此夜」という言葉は、意訳すると「今日のこの星、この夜が美しい」となり、星の夜を「愛」の象徴として描いた詩として知られる、唐代の詩人・李商隠の「無題二首」と清代の詩人・黄景仁の「綺懐」を踏まえています。(以下、下線はセリフと関連する部分。詩の翻訳は筆者による意訳です)
「無題二首其一」
昨夜星辰昨夜風 畫樓西畔桂堂東
昨夜の星、昨夜の風 華麗な楼閣の西、香木の殿堂の東を思い出す
身無彩鳳雙飛翼 心有霊犀一點通
私たちの体に鳳凰の翼はないけれど 霊犀にある一筋の線と同じように心は互いに通じ合っている
隔座送鉤春酒暖 分曹射覆蠟燈紅
向かい合って蔵鉤をし、春の酒が温かかった 組に分かれて射覆をし、蝋燭の火が殊のほか赤く輝いていた
嗟余聴鼓應官去 走馬蘭台類轉蓬
ああ、私は朝を知らせる太鼓を聞いて出ていく 馬を走らせ秘書省へ行く私はまるで風に吹きちぎられて飛んでいく根なし草のようだ
※蔵鉤=握りこぶしに鉤を隠している人を当てる宴会遊び
※射覆=覆い隠されたものが何か当てる宴会遊び
※秘書省=宮中の図書を管理する役所
李商隠は官僚としては成功しませんでしたが、耽美的な愛の詩を多く残したことで有名です。この詩は昨夜、ある貴人の家で催された宴で心を通わせる女性と一緒に過ごした秘めやかな愛の時間を回想するものといわれています。彼女との間にどんなことがあったのか具体的な描写はありませんが、夜空にいくつも光る美しい「星」に言及しているのは、2人の間にいろいろなときめく瞬間があったことを表しているのかもしれません。詩は最後に、名残惜しくも彼女の元を去った時の切ない気持ちで結ばれています。
「綺懐十六首其十五」
幾回花下坐吹簫 銀漢紅墻入望遙
かつては幾度も花の下に座って簫を吹いた 彼女のいた部屋は目の前にあるのに天の川のように遠く感じられる
似此星辰非昨夜 為誰風露立中宵
今宵の星は昨夜とは違う 誰のために風と露の中で夜通し佇むのか
纏綿思盡抽残繭 宛轉心傷剝後蕉
絡みつく想いは糸を巻き取られた繭のように果て 辛い心は皮を剥かれた芭蕉のようだ
三五年時三五月 可憐杯酒不曾消
彼女が十五の時の十五夜の月を思い出す この酒でも私の憂いを晴らすことはできない
「無題二首」を踏まえて詠まれた「綺懐」もまた、愛の追憶を詠んだ詩です。若かりし頃、従妹と恋仲だった黄景仁が、彼女と甘い時間を過ごした夜を回想しています。しかし、一緒に美しい星を見た「昨夜」はもはや戻ることのできない過去となり、今、星を見ている自分はひとりぼっちであることを示す情景は、「無題二首」よりさらに感傷的な情緒を感じさせます。
ここで「山河令」の台詞を振り返ってみましょう。
第4話、温客行は船の上で簫を吹き、颯爽と周子舒の前に現れると「如此星辰如此夜(今日のこの星、この夜が美しい)」と詠み「酒を飲んで楽しむべきだ」と言います。この時、彼が美しかった「昨夜星辰昨夜風(昨夜の星、昨夜の風)」を思い出すでもなく、「似此星辰非昨夜(今宵の星は昨夜とは違う)」と感傷に浸るのでもなく、「今宵は今宵で美しい星が光る」というべき言葉を選んでいるのは、周子舒との今を大切にしたいという前向きな気持ちを表しているように思えます。
その後、この言葉を覚えていた周子舒は、第22話で夜に酒をあおりながら、「似此星辰非昨夜(今宵の星は昨夜とは違う)」ではなく「如此星辰如此夜(今日のこの星、この夜が美しい)」と変えて「綺懐」の句を詠みます。この周子舒の台詞もまた詩の持つ感傷的なニュアンスを残しながらも、前向きになった彼の気持ちを表しているように聞こえます。このまま余命が尽きる運命を受け入れるつもりでいた周子舒でしたが、温客行が葉白衣に武芸を残す形で周子舒を治すよう頼み、周子舒の心にも心境の変化があったのでしょう。これに続く「為誰風露立中宵(誰のために風と露の中で夜通し佇むのか)」という言葉からは、ほかならぬ温客行のために生き延びようという周子舒の意思が伝わってくるようです。
このように互いの気持ちが呼応するかのような台詞はとてもロマンティック。どうか2人が見る明日の星も今宵と同じく美しく輝いてほしい、そう願わずにはいられないシーンです。
\「山河令」特集はこちら/
TEXT: 小酒真由子(フリーライター)
アジアから欧米までドラマについて執筆しています。双葉社『韓国TVドラマガイド』にて「熱烈推薦!! 中華ドラマはこうハマる!」を、Cinem@rtにて「アジドラ処方箋」を連載中。また、執筆させていただいたキネマ旬報ムック『最新!中国時代劇ドラマガイド 2021』が絶賛発売中です。
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