【連載「山河令」の台詞を読み解く】第5回 将進酒
この連載では、「山河令」の台詞に引用されている漢詩や故事と、そこに隠された意味を紹介します。
第5回 将進酒
「山河令」の台詞には有名な漢詩や故事が多く引用されていて、そこには深い意味が隠されています。今回は第19話に登場する漢詩「将進酒」を解説します。
第19話では、周子舒、温客行たちがついに龍淵閣の主である龍雀を見つけて、武庫と琉璃甲をめぐって起こった20年前の悲劇の真相を聞きだします。その際に、龍雀は周子舒に酒を所望して、久しぶりに口にする酒の味に喜びながら、唐代の詩人・李白の「将進酒」の冒頭の句を詠みます。(以下、下線部は台詞に登場する部分。また、詩の翻訳は筆者による意訳です)
君不見黄河之水天上來
君にも見えるだろう 黄河の水が天のように高いところから流れて来て
奔流到海不復回
その激しい水は海へと流れこみ戻ることはないのを
君不見高堂明鏡悲白髮
君にも見えるだろう 高堂にある鏡に映った白髪を見て
朝如青絲暮成雪
朝には黒かった髪が夜には雪のように白くなっているのを悲しむのを
人生得意須盡歡
人生がうまくいっている時には大いに楽しむべき
莫使金尊空對月
輝く月を前にして金杯を空にしてはいけない
天生我材必有用
天が私という人材を生んだのだからきっと世の役に立つことがある
千金散盡還復來
金は使い果たしてしまってもまた取り戻せる
烹羊宰牛且爲樂
羊を煮て牛をさばいてとりあえずは楽しもう
會須一飮三百杯
一気に三百杯飲んでも多すぎるということはない
岑夫子 丹丘生
岑勛、元丹丘よ
将進酒 杯莫停
さあ酒を飲んで 杯を止めないで
「将進酒」は「酒を飲んでください」という意味の古語で、もともと漢の時代に宮廷の祭礼などで演奏された「楽府」と呼ばれる楽曲のタイトルでした。唐の時代にはこうした「楽府」のタイトルや歌詞の形式を借りた詩が多く創作され、この詩もその一つに数えられます。
これを書いた李白は中国を代表する詩人で、不老不死の仙人に憧れ、生涯、酒を愛した人物。若くしてその才能を認められながらも、商家の出身だったため科挙(官僚登用試験)の受験資格がなく、出世のチャンスがないまま諸国を旅して周りました。そして、40歳を越えてやっと時の皇帝・玄宗に仕えることになったのですが、酒浸りで素行が悪かった彼の宮廷生活は2年に満たず、都・長安を離れることになってしまいました。
「将進酒」はそんな李白が再び放浪の旅を送るようになった頃の詩とされています。親友の岑勛、元丹丘と共にとことん酒を楽しむ様子が威勢よく描かれ、酒さえ飲めば憂いも晴れると豪語しているようですが、実はその裏には、理想が実現できず人生に挫折した彼のやるせない思いと悲しみが表現されているといいます。
この詩の持つその「明」と「暗」の情感は「山河令」にも鮮やかに描きだされています。20年前の悲劇に対する後悔と悲しみを語る龍雀が酒を飲んで「将進酒」の句を詠むシーンから一転、それに続く20年前の回想シーンは対照的に、希望に満ちた容炫とその仲間たちが和気あいあいと酒盛りをする姿が映しだされ、若き日の沈慎が「将進酒」の句を意気揚々と吟じるのです。
ちなみに、このシーンでは龍雀はスキットルを、沈慎は酒杯を投げ捨てています。飲み干した杯を投げ捨てて割るのは中国語で「摔碗酒」といいます。古代、戦場に向かう兵士が生きて帰れない覚悟を示したことに由来し、荊軻が秦の始皇帝の暗殺に向かう際に酒杯を割り「風蕭蕭兮易水寒 壮士一去兮不復還(風がひゅうひゅうと吹き易水のほとりは寒く 壮士は旅立ったら二度と戻らない)」という句を遺したエピソードは有名です。
荊軻は始皇帝の暗殺に失敗して惨殺されましたが、容炫たちもまた世を変えようという理想が実現できず、後戻りできない悲惨な結末を迎えました。そして、龍雀は甄如玉を守るためにあえて龍淵閣に引きこもることを選びます。そんな龍雀と甄如玉の友情に感嘆した周子舒は「羊角哀と左伯桃の深い絆に勝るとも劣りません」と言います。
羊角哀と左伯桃は戦国時代の人物です。2人は楚の国に向かう途中、雪山で立ち往生しますが、左伯桃は食料と服を羊角哀に与えて自分は木のうろに入り、その結果、羊角哀は一命を取り留めますが、左伯桃は亡くなります。その後、立身出世した羊角哀は左伯桃を手厚く葬りました。なお、左伯桃の墓は荊軻の墓のそばにあり、あの世で左伯桃が荊軻にいじめられていることを夢で知った羊角哀は、友を助けに行くため自害したという言い伝えもあります。こうしたエピソードから現代では2人の名前は命さえも犠牲にできる友情を象徴するものとなっています。
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TEXT: 小酒真由子(フリーライター)
アジアから欧米までドラマについて執筆しています。双葉社『韓国TVドラマガイド』にて「熱烈推薦!! 中華ドラマはこうハマる!」を、Cinem@rtにて「アジドラ処方箋」を連載中。また、執筆させていただいたキネマ旬報ムック『最新!中国時代劇ドラマガイド 2021』が絶賛発売中です。
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