この連載では、知っていると「山河令」をより深く理解できる、中国の歴史・文化をご紹介します。

第８回　2人の関係性を示す「酒」

第1話から周子舒は酒をひょうたんの徳利に入れて持ち歩いています。ひょうたんは軽くて安くて手に入りやすいことから、古代から徳利として重宝されていたといいます。周子舒が酒を携帯して常に飲んでいるのは、七竅三秋釘による痛みや辛い記憶を忘れるためでしょう。劇中ではそんな彼に温客行が酒を飲もうと誘う場面もしばしば登場し、酒を酌み交わすシーンによって2人の関係性やその変化も描かれていきます。

例えば、第3話で周子舒と温客行が酒を飲むシーンでは、乾杯しようとした温客行の杯を周子舒がよけたことがきっかけで、杯を手にした2人の小競り合いが始まります。この時、温客行がさっと周子舒の腕に自分の腕を絡ませるのは「交杯酒」の形です。「交杯酒」とは、結婚した新郎と新婦が床入りする前に腕を交差させながら、手に持った杯の酒を飲むことです。
  

また、2人が出会ったばかりの第6話では、周子舒は温客行が彼の徳利から酒を飲むのを嫌がり、後から衣の裾で徳利の口をぬぐいます。でも、第12話ではすっかり気を許して、自ら温客行に徳利を差し出して酒を飲ませます。

さらに、周子舒が七竅三秋釘によってだんだんと五感を失い味覚が鈍くなっていくのも、酒のシーンで示唆されます。例えば、第23話では周子舒が温客行に言われてはじめて酒が酸っぱくなっていることに気づきます。そして、第30話では晋王に10年間土中で醸造した思い出の酒をふるまわれますが、周子舒にはもうその味はわからなかったはずです。それでも彼は「いい酒だ」と言って、亡き仲間を想って左から右にゆっくりと酒をまく中国式の献杯を行います。

中国における酒の歴史を振り返ると、庶民も広く酒を楽しめるようになったのは唐の時代からといわれています。この時代には酒をテーマにした詩も多く生まれました。第7話で周子舒が気に入る「烏程酒」も詩人・李賀の「拂舞辞」に謳われていて、これは現代でも売られている有名な酒です。

その後、宋の時代になると酒は朝廷の貴重な財源となり、朝廷が酒の生産と管理を厳しく行うようになりました。例えば、第3話で温客行が周子舒に勧める30年ものの「黄封」は宋代に実際に朝廷が造っていた酒です。このシーンではすでに酒瓶の封が開けられていますが、「黄封」の名前は皇帝の色といわれる黄色いシルクまたは紙で封がされていたことが由来です。

そのほか、第21話では周子舒が温客行に酒の買い出しを頼むシーンが登場しますが、ここで温客行が名前を挙げるのはどれも現代でも飲まれている酒です。「竹葉青」は蒸留酒の一種・汾酒に生薬を漬け込んだ甘い薬酒、「女児紅」は女児が誕生した際に地中に埋め嫁入りの際に掘り出すことが名前の由来となっている、もち米が原料の醸造酒・紹興酒。そして、この時、温客行が実際に買った「高粱酒」はコーリャンやトウモロコシ、イモ類などを原料とするアルコール度数が60〜70度と強い蒸留酒で、「白酒」とも呼ばれる酒です。

なお、劇中には酒にまつわる印象的な台詞も多く（【連載「山河令」の台詞を読み解く】第5回「将進酒」／第６回「如此星辰如此夜」参照）、「山河令」において「酒」が大切な役割を果たしていることが実感できます。

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TEXT： 小酒真由子（フリーライター）
アジアから欧米までドラマについて執筆しています。双葉社『韓国TVドラマガイド』にて「熱烈推薦!! 中華ドラマはこうハマる！」を、Cinem@rtにて「アジドラ処方箋」を連載中。また、執筆させていただいたキネマ旬報ムック『最新！中国時代劇ドラマガイド 2021』が絶賛発売中です。

Edited：小俣悦子（フリーランス編集・ライター）

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