埋まらない喪失感、その先の“愛”の行く末…『親愛なる君へ』。そして台湾のLGBTQ映画たち <後編>
ドキュメンタリーも負けてない!……この夏日本公開の注目作『日常対話』
台湾はドキュメンタリー映画の制作が活発で、優れた作品が劇映画と同じ土俵で映画賞や興行成績を競う。LGBTQ作品にしてもそうだ。
1997年に『非婚という名の家』が東京国際映画祭で上映されたものの、日本ではあまり知られていないが、ミッキー・チェン(陳俊志)という監督が1997年からドキュメンタリーを撮り続け、2018年に他界した。2019年の台北映画祭では卓越貢献賞を受賞し、特集上映では未完の作品も公開された。
そしてこの夏日本で公開になる『日常対話』は、ホウ・シャオシェン(侯孝賢)がエグゼクティブプロデューサーを務め、ベルリン国際映画祭のテディ賞を獲得、2017年の台北電影奨でドキュメンタリー映画賞に輝いた。
ホアン・フイチェン(黄惠偵)監督が、冷え切ってしまった自分の母親との関係を、対話を通して修復しようとする過程を映像に収めた長編第一作だ。
夫のDVによりふたりの娘を連れて逃げ出し、数々の女性を愛した母。母の生業を手伝うため小学校ももろくに行かれなかった監督は、撮影という方法を用いて母の過去や思いを訊ねる。そこには、母は自分を愛してくれているのか? 自分と妹を産んだことに後悔はないのか?……鏡に映るように監督自身の愛の渇望が見えてくる。
ほかにもドキュメンタリーの秀作はあるのだが、劇映画と違いなかなか日本で紹介されないのが残念でならない。
少しずつ、少しずつ……誰もが暮らしやすい社会へ
最近感じるのは、『親愛なる君へ』を含めて中国語圏でいう“同志電影”(LGBTQ映画)という紹介のされ方が少なくなってきたということだ。どんな組み合わせのカップルでも特別なことではないという意識が、徐々に広まってきているのかもしれない。
ウェイ・ダーション(魏徳聖)監督の『52Hzのラヴソング』(17)でも色々なカップルの中でチャン・ロンロン(張榕容)とリー・チエンナ(李千娜)が演じた女性ふたりが、合同結婚式に参加する。ウェイ・ダーション監督は、この明るい音楽ラブストーリーで台北にいる“普通の恋人たち”を描いたと言う。この感覚がもっともっと浸透すれば、誰もが暮らしやすい社会になるのだろう。
『親愛なる君へ』でモー・ズーイー扮する青年が、検察官になぜ家を出て行かないのかと聞かれ、逆に問う。「もし僕が女性だったら、夫が亡くなっても家族の世話を続けるはず。そんな質問をしますか?」と。
こういうやりとりのない世界は、いつ来るのだろうか。
<前編はこちら>
Text:江口洋子(台湾映画コーディネーター)
民放ラジオ局で映画情報番組やアジアのエンタメ番組を制作し、2010年より2013年まで語学留学を兼ねて台北に在住。現在は拠点を東京に戻し、東京と台北を行ったり来たりしながら映画・映像、イベント、取材のコーディネート、記者、ライターなどで活動。2012年から台湾映画『KANO〜1931海の向こうの甲子園〜』の製作スタッフをつとめた。2016年から台湾文化センターとの共催で年8回の台湾映画上映&トークイベントを実施。毎回瞬時に満席となる人気。
アジアンパラダイス http://www.asianparadise.net/
Twitter @jyangzi
Edited:小俣悦子(フリーランス編集・ライター)
『親愛なる君へ』
7月23日(金・祝) シネマート新宿・心斎橋ほか全国順次公開
君が生きていてくれたら… 僕はただ、大好きな君を守りたかった ──
老婦・シウユーの介護と、その孫のヨウユーの面倒をひとりで見る青年・ジエンイー。血のつながりもなく、ただの間借り人のはずのジエンイーがそこまで尽くすのは、ふたりが今は亡き同性パートナーの家族だからだ。彼が暮らした家で生活し、彼が愛した家族を愛することが、ジエンイーにとって彼を想い続け、自分の人生の中で彼が生き続ける唯一の方法であり、彼への何よりの弔いになると感じていたからだ。しかしある日、シウユーが急死してしまう。病気の療養中だったとはいえ、その死因を巡り、ジエンイーは周囲から不審の目で見られるようになる。警察の捜査によって不利な証拠が次々に見つかり、終いには裁判にかけられてしまう。だが弁解は一切せずに、なすがままに罪を受け入れようとするジエンイー。それはすべて、愛する“家族”を守りたい一心で選択したことだった…
監督/脚本:チェン・ヨウジエ
監修:ヤン・ヤーチェ(楊雅喆)
出演:モー・ズーイー、ヤオ・チュエンヤオ(姚淳耀)、チェン・シューファン、バイ・ルンイン(白潤音)
2020年/台湾/カラー/106分/シネマスコープ/5.1ch
原題:親愛的房客
配給:エスピーオー、フィルモット
© 2020 FiLMOSA Production All rights
公式Twitter:@filmott
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