Cinem@rt エスピーオーが運営するアジアカルチャーメディア

【タイ・チベット・トルコ】書評家 長瀬海さんが教えてくれる、アジアの中の政治と文学/オススメ本3選

社会の腐敗を物語に写し取るチベットの人気作家

政治や社会と真摯に向き合い、そこに生きる人間を見事に捉えた小説家が影響力を持つのはチベットでも同じ。チベットで広く読まれているのは、政治的動乱が収まったあとの1980年代に筆を執った、いうなれば「ポスト文化大革命」の小説家の作品だ。

なかでもツェラン・トンドゥプ(1961年- )は人気がある。社会的・政治的な腐敗を物語に写し取り、諷刺という技法で批判する彼の作風は、チベット文学シーンで高い評価を得ている。邦訳に『闘うチベット文学 黒狐の谷』(海老原志穂・大川謙作・星泉・三浦順子訳、勉誠出版)があるので是非、手にとってほしい。

また、チベットの若くて力のある小説家、ラシャムジャ(1977年- )も重要人物だ。彼の代表作『雪を待つ』(星泉訳、勉誠出版)は、まさに新しい世代による「ポスト文化大革命」小説の傑作。農村と都市を対比的に描きながら、故郷を離れて個人として生きる主人公たちが叙情豊かに描かれている。


ツェラン・トンドゥプ『闘うチベット文学 黒狐の谷』(海老原志穂・大川謙作・星泉・三浦順子訳、勉誠出版)



トルコのノーベル文学賞作家はあえて政治から離れた

最後に、アジアの最西端に目を向けてみよう。
トルコの文学も国内の政治的な動きと呼応しながら書かれてきた。とりわけ1971年のクーデターは文学者たちに多くの影響を与えたとされる。

しかし、そんななかで政治とあえて距離を置いた小説家がいる。ノーベル文学賞受賞作家のオルハン・パムク(1952年- )だ。彼は、政治小説を書くことに躍起になっていたトルコの文学者たちを尻目に、極力、政治性を脱臭した小説を紡ぎあげてきた。政治的対立ではなく、文化的対立を。イスタンブールという土地の異質性を。

でも、そうやって、オルハン・パムクが政治性抜きの物語を紡ぎあげることができるのは、彼が政治というものの引力の強さをよく知っているから。政治から遠く離れて物語を書き続ける彼の眼差しは、その実、政治というものを鋭く、厳しく、射抜いているのだ。


*本稿執筆にあたって、福冨渉『タイ現代文学覚書 「個人」と「政治」のはざまの作家たち』(風響社、2017年)、チベット文学研究会編『チベット文学と映画制作の現在 セルニャ(vol.1〜6)』(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)、宮下遼「トルコのポスト・モダニズム文学 : オルハン・パムクとその周辺」(『イスラーム世界研究6』京都大学イスラーム地域研究センター)を参考にしました。

<<3ページ目は、長瀬さんが選ぶ はじめての人に読んでほしい3冊>>

記事の更新情報を
Twitter、Facebookでお届け!

TOP