夢見る頃を過ぎても
「将来の夢はなんですか?」
大昔まだずっと小さかった頃、田んぼや砂浜で駆け回っていたあの頃なんて
そんな事を訊かれても正直よくわからなかった。自由に遊んでいればそれでよかった。
授業やなにかで意見を求められても「サッカー選手」だのなんだの適当に答えた。
当時たまたま少年クラブチームに所属していたので単純にそう思いついただけで、
小さな女の子がよく言う「お嫁さんになりたい」と同じでその先はよくわかっていない。
いや、実際にサッカーをやっていた時は楽しかったが「将来の夢」かと思い返すと
特にそういうわけではなかった。何かを答えなきゃいけないから答えていた。
そんなよくわからない「将来」よりも、あらかじめワナを仕掛けていた裏山へ出かけて
ミヤマクワガタを捕まえる事のほうが絶対的な夢とロマンだった。
朝早く起きて自転車をかっ飛ばして海岸へ出かけてテトラポットによじ登って
30cm以上のクロダイを釣り上げる事のほうが絶対的な夢とロマンだった。
スーパーマリオの裏技で無限に1UP増やす事のほうが絶対的な夢とロマンだった。
まだ自分が何者なのかだなんて考えもしない頃に「将来」を求められたって
明確なビジョンを答えられるはずもなく、わかりやすい明日の目標こそが「夢」だった。
それでふと思い出したがイチローが日米通算2000本安打の偉業を達成した時、
「次の目標は?」と質問されて「2002本目のヒットを打つ事です」と言ったのはシビれた。
(ちなみに2000本を達成した同じ日に2001本目も打っている)
その後、高校を卒業してからひょんな流れでロックバンドとかいう楽団を始めるわけだが、
そこでも「将来はメジャーデビュー、プロになる」などといった考えは本当になかった。
破滅的に下手くそだったし、そもそも人様の前で何かを披露するなんて大嫌いだった。
およそバンド活動するにあたる資格もないほどの発言だが、割と本気で嫌がっていた。
それでも当時の自分の中ではバンド活動を続ける理由が明確に2つあった。
ひとつは「自分達でオリジナル曲を作って歌詞を書くことだけが猛烈に好きだった」
もうひとつは「人前に立つのが大嫌いだからこそやっていた」
それっぽい事を言えば「己の敵は己」という、自分に対する反骨心がそうさせていた。
なので「バンド=夢」といった発想は僕にはなかったし、ニートまがいな時期を経てから
のちに(以前の)会社にも勤めていたので東京本社へ転勤となるとあっさりバンドをやめた。
そんな分別もつかない小さな頃に夢を追いかけていたわけではなく、
社会人となり多少は分別がついてきた頃さえも夢を追いかけていたわけでもない。
要するに超がつくほどにその日暮らしのままに生きていた。
しかし都会の雑踏、狭苦しい社会という中でより分別がついてきたであろう最近のほうが、
むしろ「自由で夢がある」と実感するような瞬間がある。
例えるなら自分らしい方法で難関な高額の発注をとってきた時、
部署のみんなが深夜まで苦労しながら作品を世に送り出してそれが大ヒットした時、
それこそ昔の音楽仲間と東京で偶然同じ仕事をするようになって上手くハマった時。
それが仕事だと言えばそれまでかもしれないし、たったひとつひとつの出来事なので
クワガタを捕まえる夢と変わらない気もするが、深みというか意味合いや経緯が違う。
同じ自由でも「リバティ」と「フリーダム」は大きく違う。
世知辛い世の中やしがらみだらけの環境の中で勝ち取る自由、つまり「リバティ」という夢。
いま思えば、純粋に走り回ってた頃なんて単なる「フリーダム」を求めていたのだろう。
翼を広げて飛び回ることが自由な夢だとでも思っていたのだろう。
上手くは説明できないが、そういった事を漠然としながらも年々しみじみと感じていた
ちょうどその頃、偶然とあるドラマを観た。
「ミセン」
まったくとてつもない韓国TVドラマを観てしまったものだ。
何を言っているのかわからないと思うが僕も何を言っていいのかわからない。
だけどありのまま思った事を話す。
肘をついて寝そべって観ていたはずなのに気づいたら起きあがって泣いていた。
このドラマは自分の現在・過去・未来すべてに突き刺さる。
もちろん人生なんて人それぞれ違うが、本当になんて言ったらいいのかわからないが
ずっと心の奥にあった今日までの普遍的な何かを平然とこちらに投げつけてくる。
それが主人公じゃなくて会社の同僚やライバルのちょっとした過去や言動だったりする。
お前こそが影の主人公だと泣けてくる。お前でスピンオフ作れるよ!と叫びたくなる。
今これを書いているパソコンの前が世界の中心だったら間違いなく叫んでいる。
銭形警部なら「ヤツはとんでもないものを盗んでいきました!」と間違いなく叫んでいる。
はっきり言って「ミセン」は観てはいけない。観ればきっと後悔するだろう。
本当の夢というものがよくわかっていなかった自分に。
さらに「ある程度の人生経験を積んでわかった風な口を叩いてきた」自分に。
結局なにもわかっちゃいなかった事を思い知らされる。「ミセン」とはそういう物語だ。
コンビニでくたびれたおじさんがレジ打ちをもたついてたりお釣り間違えたりしたら
「早くしてくれよ」とイライラする時もある。
正直言って申し訳ないがそんな人の人生経路なんて微塵も考えたことはない。
しかし当然のようにその人も家に帰れば「パパおかえり~」と無邪気に玄関で迎える
子供がいたりする「自分で勝ち取ってきた幸せ」がそこにあるのだ。
こいつふざけんなと思って観てたチョイ役でさえもそういう事を見せつけてくる。
当たり前過ぎて完全にスルーしている事を当たり前のように描く。
空は青くて広い。そんなことは当たり前だけど広すぎて普段はその広さに気づかない。
描いてるのは普通の事だ。でもそんな次元の角度じゃない。「ミセン」とはそういう物語だ。
夢見る頃なんてまったく過ぎちゃいない。
いま与えられている環境の中で突き進むその先には絶対的な夢とロマンがある。
「ミセン」を観て漠然としていた何かが確信に変わり、ふりそそぐほどに気分は爽快だ。
もう一度だけ忠告しておく。
絶対に「ミセン」を観てはいけない。
心を盗まれたくなければ。
明日から目に映るものすべての景色は変わる。
<筆者プロフィール>
名前:UMS(エスピーオー男性社員)
出身地:福岡県北九州市
現在地:文京区
部屋:浴室乾燥機
星座:そのほとんどは学校じゃなくて聖闘士星矢で覚える
好きな棋士:なし
好きなタイプ:カリオストロのお姫様
【絶対に観てはいけない】ミセン -未生-
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