中華圏最大の映画賞「金馬奨」を振り返る《2024年》|台湾エンタメ通信・番外編
第61回金馬奨の授賞式が、11月23日に台北の「台北流行音楽中心」で行われた。
まず、今年の金馬奨の結果は全体にバランス良く各国にトロフィーが行き渡った。2018年の事件(※)以来、中国からの参加がなくなったので、中国系作品は最優秀作品賞を獲得したロウ・イエ(婁燁)監督の『一部未完成的電影(未完成の映画)』のように制作国がシンガポールとドイツだったり、主演男優賞に輝いたチャン・ジーヨン(張志勇)の『漂亮朋友』は本国では上映できないインディペンデント作品だ。
『一部未完成的電影(未完成の映画)』プロデューサーらスタッフ 画像提供:アジアンパラダイス
※2018年ドキュメンタリー映画賞を受賞した『私たちの青春、台湾(原題:我們的青春,在台灣)』のフー・ユー(傅榆)監督の受賞スピーチを“政治的発言”ととらえた中国が、参加した俳優や監督たちに祝賀会をボイコット&即刻帰国という指示を下した。 さらに、翌年からは不参加の上、自国のアワードを金馬奨の日にぶつけてくるなどの対抗措置をとった。
東京フィルメックスでも上映された『一部未完成的電影(未完成の映画)』は、10年ぶりに未完成の映画製作を再開するも、コロナ禍で撮影が中止になりホテルに隔離された俳優とスタッフらクルーの模様がドキュメンタリーのように始まるフィクション。その構成と俳優達の演技に圧倒された。 そして、イケメンが一人も出てこないモノクロのおっさんゲイムービー『漂亮朋友』は、とにかく斬新。シュールで不思議な魅力に満ち溢れている。
ちなみに、香港映画も中国資本の入らない小作品だが、映画人の香港映画魂がこもった良質なものばかり。日本で11月に開催された香港映画祭で上映の『ラブ・ライズ(原題:我談的那場戀愛)』は、サンドラ・ン(吳君如)が主演女優賞にノミネートされた。ロマンス詐欺をきっかけにした年の差カップルのラブコメは、サンドラの真骨頂だ。
サンドラ・ン(吳君如) 画像提供:アジアンパラダイス
主演女優賞候補は5人のうち3人が香港で、栄冠を勝ち取ったのは『看我今天怎麼說』のチュン・セッイン(鍾雪瑩)という若手。聴力に障害のある幼なじみの2人の青年と一人の女性の物語を、ラブストーリーに寄せることなく、アイデンティティの模索と確立を主軸にして、心に沁みた。これには主演男優賞にノミネートされた同じく若手のネオ・ヤウ(游學修)も出演しており、最後まで競ったがイケメンでない『漂亮朋友』のチャン・ジーヨンがトロフィーをさらっていった。残念。
チュン・セッイン(鍾雪瑩) 画像提供:アジアンパラダイス
ネオ・ヤウ(游學修) 画像提供:アジアンパラダイス
台湾は『鬼才之道』が最多ノミネート&最多受賞だったが、技術面の賞ばかりで監督や俳優の個人賞はなし。監督が『返校 言葉が消えた日(原題:返校)』のジョン・スー(徐漢強)とは言え、作品賞候補の中で異彩を放っている。なぜなら、幽霊たちが展開するコメディで100%エンタメ作品だから。むしろ、ヤン・グイメイ(楊貴媚)が助演女優賞を獲った、トム・リン(林書宇)監督の『小雁與吳愛麗』が作品賞候補でも良かったのではないか、と思う。モノクロで描かれる母と娘の心情が痛いほど刺さり、トム・リンはやはり天才だと実感した。
ヤン・グイメイ(楊貴媚) 画像提供:アジアンパラダイス
また、チャン・チェン(張震)が主演男優賞に、モー・ズーイ(莫子儀)が助演男優賞にノミネートされた『餘燼』の評価が低かったのは、常勝監督チョン・モンホン(鍾孟宏)作品ながら一般観客も賛否両論だったという事に由来するのか。個人的には監督のいつも通りの映像と色彩に酔わされ、豪華俳優陣に目がくらみ、チャン・チェンのアクションやモー・ズーイの深く濃い演技による殺人事件からあぶり出される歴史ミステリーはかなり楽しめたのだが…。
チャン・チェン(張震) 画像提供:アジアンパラダイス
モー・ズーイ(莫子儀) 画像提供:アジアンパラダイス
また、レッドカーペットでひときわ歓声の高かった、いま台湾で一番人気のあるシュー・グァンハン(許光漢)主演の日台合作『青春18×2 君へと続く道(原題:青春18×2 通往有你的旅程)』は、無冠に終わった。
シュー・グァンハン(許光漢) 画像提供:アジアンパラダイス
つまるところ、賞は人が選ぶもの。毎年審査員が替わり、選ばれる作品もそれが反映されることは至極当然のことである。作品が人の心をどのように揺さぶるのか、それは選ぶ人の人生観や生き様に大きく関係する。これは、AIには成しえないことだ。そして、それが多くの人の共感を得ることになれば、"民意"となる。しかし、映画は人それぞれその時々の"個人的な出会い"なので、公式の結果はどうあれ、「私の作品賞」や「私の主演俳優賞」を心に刻み、次の作品を期待したいと思う。
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Text:江口洋子(台湾映画コーディネーター)
民放ラジオ局で映画情報番組やアジアのエンタメ番組を制作し、2010年より2013年まで語学留学を兼ねて台北に在住。現在は拠点を東京に戻し、東京と台北を行ったり来たりしながら映画・映像、イベント、取材のコーディネート、記者、ライターなどで活動。2012年から台湾映画『KANO〜1931海の向こうの甲子園〜』の製作スタッフをつとめた。2016年から2023年まで、台湾文化センターとの共催で年8回の台湾映画上映&トークイベントを実施。
アジアンパラダイス http://www.asianparadise.net/
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