中国ドラマあるある「落水すると嫁に行けなくなる?!」を考える《前編》|中国時代劇トリビア #108
中国時代劇に登場するちょっと気になる“アレ”を探ってご紹介するこのコラム。今回は、時代劇でよく目にする、あるシチュエーションに焦点をあてて、探っていきたいと思います!
落水すると「嫁に行けなくなる」と言われてしまうのはなぜ?
始まりは、ある日の読者様のお問い合わせから。中国ドラマでよくある、池や川に落ちると「嫁に行けなくなる」と言われてしまうのはなぜ?? 確かに!ありますね、このパターン。個人的には主人公が落水=絶好のラブアタックチャンス!と思っておりましたが、命を助けてもらったはずなのに、身分が高い女性だと「もう、こんな身になっては生きていけない!」なんて事に発展することもあり、いったい何が問題なのか?と不思議に感じる場面でもあります。
「花と将軍~Oh My General~」©上海興格文化傳媒有限公司 ©Shanghai Xingge Culture&Media Co., Ltd
昔は触れるだけで結婚だった?!
しかし、色々と調べてみてもこれといった明確な説明は見当たらず……。そこで中国人の知人に聞いてみると、こんなご意見が。
「いくつか理由があると思いますが……もしかしたら水に落ちたことが、というより、みんなが見ている前で男性に触れた・触れられたことや、服が濡れて透けたことがダメなのかも。
例えば、古代中国では夫婦以外は助けることを含めて、男性が女性に触れることは許されず、もし触ってしまったら、女性はこの男性に嫁がなければならないほどの時代がありましたから」
なるほど、水に落ちる=NGではなく、異性に触れたり服が透けたりすることが、じつは大問題だったのかも?! では、この意見をもう少し深堀してみましょう。
男女にまつわる決まり事「男女授受不親」
そもそも古代中国では男女間でのどんなことが禁止となっていたのでしょうか?
封建社会の古代中国では、礼的な社会秩序を立てるためには家庭内の秩序を整えなければならず、そのためにはまず、男女の別を立てた「男女授受不親」という、男女が節度を持って対するのが礼儀とされていました。
「刺繍」「元宵節」のトリビアでもご紹介したように、女性は内(家の中)に留まるものとされ、「男は外事を治め、女は内事を治める」とし、表門を出ないだけでなく、家の中でも内外を区別する境があり、女性は離れに住み、部屋には幼い子どもを除いて男性は入れないとされていました。そして、直接触れたり、話したり、物を授受したりしてはいけないと定められ、男女は過度の親密さを持ってはいけないとされていました。儒家の経典とされる『礼記』に示された男女の別に関する一部内容を、以下参照します。
・7歳になったら、男女を一つの筵(むしろ)に坐らせず、一つの器から食べ物を取らせない。
・男は内の事に口を出さず、女は外の事を言わない。
・祭祀や葬礼の際でなければ、男女は器などの受渡しをしない。受渡しをするときは、女は䞂(はこ)で受けるのが作法であり、䞂のない場合、男女ともに跪き、男は物を下に置き、それから女が取る。
・外と内では井戸を別々にし、浴室を共用しない。
・寝るための筵を共用せず、物を貸し借りせず、衣裳を共用しない。
・内の事は外に言いふらさず、外の事は内で言わない。
・男は内に入ったら口笛を吹かず、指で人や物をさし示さず、夜、外出する時には灯火(ともしび)を使い、灯火がなければ外出しない。
・女は、家の外に出るときは必ず顔を隠す。そして男と同様、夜、外に出るには灯火を使い、灯火がなければ外出しない。
・道路では、男子は右を行き、女子は左を行く。
厳しい内容でもありますが、性差別の意識からではなく秩序を守るためのルールとして当時は考えられており、孔子は妻を尊敬することをきわめて重要視し、敬妻しなければ結局は根本を損なう、としたそうです。また、孟子と淳于髠の話で、「兄嫁が溺れているのを助けるのは「男女授受不親」を破るのではないか?」という問答もよく知られるお話しとなっていて、正常時の男女においては絶対的な礼儀ですが、命を救うときは当然のことながら、人間として手を差し伸べるべき、という一節が登場します。
こうして育まれた男女の役割分業や生活規範などは、ドラマ「ハンシュク〜皇帝の女傅」に登場する班昭が記したとされる『女誡』といった女子訓にも生かされ、身を修め、家を整える規範となっていきます。
「ハンシュク〜皇帝の女傅」©2015東陽星瑞影視文化傳媒有限公司 & 創藝製作發行有限公司
このように、身分の高い女性は、通常は面と向かって男性と言葉を交わす機会などもなく、滅多に外に出る機会もありませんから、外出先で、事故とはいえ水に落ち、濡れてボディーラインも露わになったうえ、男性に直接触れられた、しかも公衆の面前で!!となれば、まさに大事件→嫁に行けなくなる、名声が地に落ちる、という結果を招いたのかもしれませんね。
「花と将軍~Oh My General~」©上海興格文化傳媒有限公司 ©Shanghai Xingge Culture&Media Co., Ltd
さて、水落ちで発生するもう一つのタブー、透けてしまった服。とはいえ、正直肌が透けて見えているわけでもないのに?! 衣類はどこまでは人前NGだったのかを次回、取り上げていきたいと思います!
【おまけトリビア】
「だけどやっぱり外出したい!」そんなときは⁉
皆にダメだと言われるけれど、やっぱり外出したい!そんな時、身分の高い女性たちは、輿に乗ります。外出先から帰るときにも、召使いがお迎えにあがり、輿に女性を乗せて簾を下ろし、香をたいたりします。こうすることで、通行人に姿は見えないけれど、簾を下ろした輿と香りとで、女性が通ることが分かるのだとか。
このように、輿に乗ることで、外にいながらも内を作り、外にいる通行人との隔離を果たしているそうです。そういわれてみると、演出上の作りかもしれませんが、最近のドラマでは、中で軽食が取れたり、横になれるなど、快適な“お家仕様”の輿を見かけたりすることもあるような⁉ 同様に、庶民の目に触れることがない高貴な男性も、輿に乗って移動しますね。歩くのが疲れるから?なんて思っていた輿ですが、実はこんな意味合いもあったようですよ!
\後編はこちら/
Text:島田亜希子
ライター。中華圏を中心としたドラマ・映画に関して執筆する他、中文翻訳も時々担当。Cinem@rtにて「中国時代劇トリビア」「中国エンタメニュース」を連載中。『中国時代劇で学ぶ中国の歴史』(キネマ旬報社)『見るべき中国時代劇ドラマ』(ぴあ株式会社)『中国ドラマ・時代劇・スターがよくわかる』(コスミック出版)などにも執筆しています。
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