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話題のドラマ「WAVE MAKERS〜選挙の人々〜」から見る台湾社会|台湾エンタメ通信


総統選の舞台裏で奔走する選挙参謀たちを描いた「WAVE MAKERS〜選挙の人々〜(原題:人選之人─造浪者)」が台湾社会を席巻している。4月末の配信からわずか3日足らずで台湾Netflixのランキングトップとなり、その後も10日にわたり1位をキープ。蔡英文・総統がSNSで同作に言及したほか、賴清徳・副総統に至っては、場面写真の1枚をまねて撮影した自身を含む「リアル選挙の人々」の画像を発信していることからも、注目度の高さがうかがえる。なぜ本作が台湾でこれほどウケているのか。

※リアル選挙の人々引用記事はコチラ

まず大前提として、非常にタイムリーな作品であることが挙げられる。不在者投票が認められていないにもかかわらず、2020年の総統選では7割超の投票率を誇るなど、台湾は元々政治に対する関心が高い。配信開始の4月末の時点で、2024年1月の総統選まで8カ月余り。「総統選10カ月前」から始まる本作は、まさに今の台湾の現状そのもので、実際5月初旬には現与党の民進党、最大野党の国民党、さらに第3勢力の民衆党の総統候補が出そろい、来年に向けた選挙戦が始まろうとしている。台湾人にとっては現実とリンクする、これ以上ないほど時流に乗ったドラマだといえよう。

そして、選挙戦の主役といえば普通なら候補者自身だが、本作では脇役ともいえるスタッフを物語の中心に据えているのも新鮮だ。台湾独特の選挙文化や熱気は、期間中台湾にいる者なら誰でも共有可能だが、舞台裏の駆け引きやスタッフの奔走は台湾人にさえ見えづらい。そこに焦点を当て、党内の広報部スタッフやその家族といった、比較的視聴者に近い視点から物語が進行していくことで、より感情移入し共感しやすくなっている。

その他の主な見どころについては、先に公開された本サイトの別記事で要点が端的に紹介されているので、ここでは個人的な琴線に触れたシーンやセリフについて取り上げたい。

登場人物はそれぞれにリアリティーがあり魅力的だが、特に注目したいのは中心人物二人である。

まず、シエ・インシュエン(謝盈萱)が演じる主人公のウェンファン。機転が効いて弁が立つウェンファンは、公正党広報部の副主任として選挙戦の中核を担い、政治解説動画を発信するインフルエンサーとしても活躍する。そんなウェンファンは、心底頼りになる上司でもあった。セクシュアル・ハラスメントに遭った同僚のヤーチン(ワン・ジン/王淨)に「平気なふりしないで。あなたは私が助ける。だから忘れようとしないで」と声をかけたことで、張りつめていたヤーチンの心が一気に緩むシーンは、何度見返しても涙なしではいられない。さらには上層部、党首(総統候補)に直訴するウェンファンの毅然とした姿は、過去の代償に怯えていたヤーチンに立ち上がる勇気さえ与える。

台湾でも職場でのセクハラ問題はたびたび報道されているが、表に出ているのは氷山の一角で、実際にはその数倍、数十倍の当事者がいるはずだ。セクハラ被害者が泣き寝入りしがちな社会構造の中でも、自らのリスクを顧みずに闘ってくれる、こんな上司が一人でもいてくれたら、どれほど気持ちが慰められることだろう。実際、本作がきっかけとなり、台湾では再び#MeToo運動が広がっている。

余談だが、ヤーチンを長年苦しめた対立候補のチャンツ役を演じたレオン・ダイ(戴立忍)も、出番は少ないながらいい味を出している。チャンツがヤーチンの顔を撫でたその手を鼻に近づけ匂いを嗅ぐ仕草一つで、この役の下衆ぶりを予感させる演技力はさすがである。

「人選之人─造浪者」の場面写真
大慕影芸、公視

一方、ウェンファン自身も、レズビアンであることで不当な差別に傷つき、市議に落選した苦い経験があった。 えっ、台湾でLGBTQ+に対する差別なんてあるの?と疑問を抱く方もいるかもしれない。確かに台湾はアジアで初めて同性婚合法化を実現させるなど、日本と比較すれば肯定的な空気感は強く、自ら公表している人も少なくない。街中で手をつなぐ同性カップルを見かけるのも日常の光景だ。同列に語ることではないかもしれないが、性的指向に限らず、台湾はそもそも多民族である上、近年移民や移民2世も増え続け、多様性の幅は日本よりずっと広い。しかし、差別や偏見がないわけでは決してない。特に性的指向については、政治家でカミングアウトしている人が片手で数えるほどしかいない点をみると、今なお壁があることがうかがえる。だからこそ、ウェンファンの「私は党の広報担当で同性愛者ですが、色眼鏡で見ないでください。政治家にもいろんな人がいていいのです。いつの日か台湾でも性の多様性が認められることを願っています」というセリフが刺さる。もちろん本来目指すところは、そんなことをわざわざ言わずに済む、性別や性的指向でレッテルを貼られることのない社会だろう。 しかし現時点でそうではないからこそ、作り手がウェンファンの姿を借りて台湾社会に念押ししたメッセージなのだと思っている。

「人選之人─造浪者」のシエ・インシュエン
大慕影芸、公視 

もう一人の注目キャラは、広報部主任のチアチン。穏やかな性格で、内外の調整役として同僚から頼りにされているが、仕事熱心なあまり家庭が疎かになり、妻との関係が悪化してしまう。最初は妻が怒る本当の理由がわからなかったチアチンだが、気づいたときのシーンが尊い。「君の仕事を軽視していた。台湾を変える僕の仕事が、愛する家族より重要だと思い込んでいた。君の時間やキャリアを奪い自分の仕事にうぬぼれていた」、このセリフを耳にした瞬間、全台湾が既視感に膝を打ったのではないだろうか。実際、互いにストレスなく家事や育児の分担をするのは難しく、フルタイムの共働き同士ならどちらかに負担が偏ってしまうのも想像に難くない。一方が身勝手な優先順位や正当性を主張し始めたら、もはや永遠に平行線だ。だからこそアンフェアだったことを認めたこのセリフは、夫婦に限らず同居するパートナーがいる人なら、どちら側にとっても響く言葉ではないかと思う。続く妻の返答も、打つ膝が赤く痺れそうなほど共感できるので、ぜひドラマ本編で見てほしい。

「人選之人─造浪者」のホアン・ジエンウェイ
大慕影芸、公視

こうした普段見落とされがちな、あるいは敢えて流しているような日常の小さな違和感や心のざらつきを丁寧に拾い上げ、その積み重ねの先に希望が示されているのが心地いい。脚本を手掛けたジエン・リーイン(簡莉穎)とイエンシージー(厭世姫)の二人は、母が県議会議員だったり、選挙参謀としての実務経験があったりと、ある程度政界界隈を知る素地があったにもかかわらず、下準備のため3年にわたる月日を費やしたという。 そんな綿密なリサーチを土台とした脚本があってこそ、本作を選挙ドラマの枠を超えた、さまざまなメッセージ性を持つ作品へと成し得たのだろう。 尊厳を守るために声を上げる勇気、パートナーとのコミュニケーションの重要性。そして私たちは皆、自ら望む未来を掴むために、いつでもやり直すことができ、今はその途中なのだと感じさせられる。

多くの台湾人には、与党の政策に不満があれば次の選挙でNOを突きつけ、今の台湾を作ってきたという自負がある。 その経験から、一人ひとりが政治の監視者であること、己の一票が未来を変えうることを身をもって知っている。 だから台湾であれ個人であれ、未来への希望を紡ぐとき、台湾人にとって選挙キャンペーンは身近でわかりやすく、最も親和性が高いテーマなのかもしれない。

Text:二瓶里美
編集者、ライター。2014年より台湾在住。中華圏のエンターテインメント誌、旅行情報誌、中国語教材などの執筆・編集に携わる。2020年5月、張克柔(字幕翻訳家・通訳者)との共著『日本人が知りたい台湾人の当たり前 台湾華語リーディング』(三修社)を上梓。

記事に登場した作品/関連作品
「WAVE MAKERS〜選挙の人々〜」Netflixにて配信中!
https://www.netflix.com/jp/title/81655481

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