忘川河、奈河、孟婆湯…今生の記憶を忘れる場所|中国時代劇トリビア #93
仙人から妖怪の王となり、妖怪たちが暮らす「百霊潭」を守っている春妖と、不運なお姫様の寒生の不思議な縁と愛を描いたファンタジードラマ「悠久の縁(えにし)~百霊潭~」。今回はこのドラマに登場する“忘川”に関して、探っていきたいと思います!
中国神話と「忘川河(ぼうせんが)」
「悠久の縁(えにし)~百霊潭~」ⓒHunan Mgtv.com Interactive Entertainment Media Co., Ltd.
説話ということで、諸説ある言い伝えとなりますが、中国神話の中に、死後に渡る河のお話が登場します。
中国の神話では、人は死後、この世とあの世の境にある関所の鬼門関を通り、黄泉 (よみ) の道を通って、冥土に辿り着きます。そこには世を隔てる“奈河”が流れていると伝えられています。奈河は血のような色をしていて、河の中には生まれ変わることもできず、供養してもらえぬままに彷徨う孤独な魂がうごめいており、河の上には、奈河橋という橋が架けられていて、孟婆という忘却をつかさどる老婆で冥界の神が座っています。
この河を渡るためには、この奈河橋を渡らねばならず、その時には孟婆に与えられる「孟婆湯(もうばとう)」を飲み、今生の記憶を忘れなければなりません。「孟婆湯」は過去と昔の夢、そして因果をすべて断ち切ります。ここで「孟婆湯」を飲まないと、橋を渡ることもできず、生まれ変わることもできなくなってしまうのです。
「山河令」にも記憶を消す薬として孟婆湯が登場する
©Youku Information Technology (Beijing) Co., Ltd.
しかし、この世で愛した人を忘れないために孟婆湯を飲まない…という選択もできます。ただし孟婆湯を飲まない場合は、奈河に飛び込み、千年の間そこで転生の機会を待つことになります。その千年の間のうち、もしかすると自分の愛する人が奈何橋にやってきて、その姿を目にすることがあるかもしれません。でも、二人が言葉を交わすことはできず、自分は相手が見えても、相手は自分のことが見えないのです。そして、千年の間、自分の愛する人が何度も奈何橋にやってきては「孟婆湯」を飲み、転生していく姿をじっと見送ることも多々あります。
また、自分が密かに願ったように、想い人が「孟婆湯」を飲まないことを選んだ時には、自分の大切な人がこの恐ろしくて汚れた奈河の中で、千年の苦しみと孤独に耐えられるのかと、ドロドロと巡る思いに苦しむことになるのです。人生の浮き沈み、愛、憎しみと恨みを忘れ、愛する人さえも忘れて来世で生を受けるのか、記憶を胸に河に飛び込み、蛇や邪悪な生き物たちに身を食いちぎられ、心身共に辛く苦しいめにあう試練をひたすら耐え忍び、解脱を目指すのか……。
やがて時が過ぎ、千年後に、苦しい試練に耐えて記憶を失っていなかったら。その人は人間に転生し、前世で最も愛した人を探しに行けることになります。一途な愛を貫き千年の試練に耐えた人に、孟婆は、首の後ろの真ん中に痣(ほくろ)や、一説ではエクボ、といった特別な目印を与える、ともいわれているそうです。
「悠久の縁(えにし)~百霊潭~」でも、“千年”という時間がポイントになっている
ⓒHunan Mgtv.com Interactive Entertainment Media Co., Ltd.
「忘川河」呼称の由来は意外にも……⁉
中国の神話に登場するこの忘却の河の名前は、“奈河”と表記されたようで、「死の国の河」ということで使われていました。この河に、ギリシャ神話のレテ(忘却)の水(河)の説話が入って、“忘川”と呼ばれるようになったとか。
ギリシャ神話では、死者の霊は冥界に着くと、レテの泉の水を飲んで地上の生を忘れ、再生する前にもまたこの水を飲んで冥界で見たことをすべて忘れるとされたそうで、「孟婆湯」のような泉の水が登場しているそう。こうした東西の説話の融合は、鳳凰とフェニックス(不死鳥)の伝説の融合などと同類であり、“忘川”もそうした説話の一つとされているそうです。
「三途の川」の“三途”は中国の〇〇だった?
日本では、こうした冥界に続く河が“三途の川”と呼ばれるのは広く知られているところ。この“三途の川”という表現は中国の呼称から来ており、そのもととなる“三涂“は本来、黄河・伊川・南洛河のほとりにあるところを指していました。のちに、三涂は太行(山脈)・轘轅・崤山といった地勢が険しく、防御に適する地を指す言葉を指すようになっていきます。
ちなみに実在の奈河もあるそうで、その場所は山東省の泰山から流れて蒿里山へ流れていく河。蒿里山は鬼神の山として信仰された聖地で、かつて地獄を祀る祠が有ったとされる場所で、奈河が泰安から見て対岸の地獄(蒿里山)との境界となっていたそうです。
宗教的な使われ方では、仏教においての“三途”は、『三悪道』(畜生、餓鬼、地獄)の3つの邪悪な領域の意味を含んでいます。仏教と道教の間での論争が起こった時に、道教は“三涂”を、仏教は“三途”を分けて用いるようになり、ゆえに日本の冥途の川は、“三途の川”となっているそうです。
「忘却の水」はこんなところでも……
ちょぴり切なくて、悲しい「忘川河」の説話ですが、実はドラマにもたびたび形をかえて登場するエピソードになっていますね!
例えば、「悠久の縁(えにし)~百霊潭~」では、先にも触れたように、春水仙人が「忘川」の番人を務めています。また、「永遠の桃花~三生三世~」に登場する、夜華が司命星君から渡されて飲んだ「忘川水」や、「東宮~永遠の記憶に眠る愛~」では主人公の二人が「飛び込めば一切の情と苦悩を忘れさせる」という「忘川」に飛び込んで愛の記憶をなくす、という展開も。
ドラマチックな演出には、まさにぴったりのアイテムといえるのかもしれません。
「永遠の桃花~三生三世~」©2017 Shanghai GCOO Entertainment Co., Ltd
Text:島田亜希子
ライター。中華圏を中心としたドラマ・映画に関して執筆する他、中文翻訳も時々担当。Cinem@rtにて「中国時代劇トリビア」「中国エンタメニュース」を連載中。『中国時代劇で学ぶ中国の歴史』(キネマ旬報社)『見るべき中国時代劇ドラマ』(ぴあ株式会社)『中国ドラマ・時代劇・スターがよくわかる』(コスミック出版)などにも執筆しています。
「悠久の縁(えにし)~百霊潭~」
DVD-BOX1 :2022年8月3日発売
DVD-BOX2:2022年9月2日発売 各16,500円(税込)
※DVDレンタル同日リリース&動画配信サービスも順次配信
発売・販売元:エスピーオー ⓒHunan Mgtv.com Interactive Entertainment Media Co., Ltd.
https://www.cinemart.co.jp/dc/c/yukyu.html
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