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埋まらない喪失感、その先の“愛”の行く末…『親愛なる君へ』。そして台湾のLGBTQ映画たち <前編>

『親愛なる君へ』ロケ地にも注目!

そんなチェン・ヨウジエ監督の新作は、大切なパートナーを失った青年の喪失と再生、究極の愛の物語だ。これまでとは違うミステリータッチの展開の中、複雑なプロットで登場人物それぞれの思いが綴られていく。

今回のロケ地は台湾の基隆。主な舞台となる家は、窓から基隆の港を一望できる素敵な立地だ。そして主人公が住むのは、台湾名物“加蓋”と呼ばれる屋上部屋。アイドルドラマでもお馴染みの、集合住宅の屋上に増設された簡易住宅だ。


『親愛なる君へ』より。窓から基隆の港が見える


そのほとんどが違法建築と言われるが、日常生活のごくごく当たり前の存在で、ドラマや映画には欠かせない。撮影されたのは基隆の「海大三創基地」というアート・スポットで、ドラマ「いつでも君を待っている」も、ここで撮影されたシーンがあるという。

この他、ちょっとした路地やカフェなど、いま台湾ロスの私たちには刺激的な風景がそこかしこに出てくる。

また、主人公とパートナーが登った山は台湾中部にある合歓山。海抜3,417 メートルのダークスカイプレイス(星空保護区)に認定されたところだ。ここはあまり簡単には行けそうにないので、映画の中でたっぷり味わおう。
   


『親愛なる君へ』より




モー・ズーイーはじめキャストの演技力が凄い!

さて、本作で主役のモー・ズーイーは、亡くなった同性パートナーの母親と息子の世話をするピアノ教師を演じている。残された家族に寄り添うことだけでは埋まらない喪失感と後悔の念……。モー・ズーイーは、様々な感情が交錯する中で自身の信じる“愛”の行く末を模索する主人公を見事に演じている。

この演技により、台北電影奨と金馬奨で主演男優賞を獲得した。信じられないが、スクリーン・デビューから22年目にして初ノミネート、初受賞である。早くから“若き演技派”と呼ばれ、舞台で培った演技には定評があるモー・ズーイーの受賞がなぜ今なのかは、本作のパンフレットに書かせていただいたので劇場でお買い求めの上お読みいただきたい。

本作でモー・ズーイーの愛するパートナーを演じたのは、『台北の朝、僕は恋をする』のヤオ・ジュンヤオ(姚淳耀)だ。ラブラブシーンよりも、ふたりで山へ行った時に気づくちょっとした気持ちのすれ違いが、小さなトゲのようにチクチクと刺さり、心に残る。


『親愛なる君へ』より。ヤオ・ジュンヤオ(左)とモー・ズーイー(右)


このパートナーの母を演じ金馬奨で助演女優賞を受賞したチェン・シューファン(陳淑芳)と、息子役のバイ・ルンイン(白潤音)も素晴らしいのだが、注目したいのはワン・カーユエン(王可元)という俳優。主人公がほかの人の前では出せず一人噛みしめる悲しみを、体で受け止めるセフレ役だ。

決してイケメンではないが独特の雰囲気を持つ新鋭で、主演作もある。うまい配役だと思う。このシーンはR15? かどうかわからないが、モー・ズーイーの全裸後ろ姿(これも美しいが)ではなく、顔の表情と手を注視してほしい。あふれ出る孤独と喪失感が、そこに凝縮している。

こういう表現、もしかしたら監修のヤン・ヤーチェ(楊雅喆)のアドバイスがあったのかも知れない、と勝手に想像する。LGBTQに造詣の深いヤン・ヤーチェは、自身の名作『GF*BF』でもそういうシーンでエロスではなく、悲しみや苦悩といった感情を見事に見せている。


『親愛なる君へ』より。ワン・カーユエン


後編につづきます

Text:江口洋子(台湾映画コーディネーター)

民放ラジオ局で映画情報番組やアジアのエンタメ番組を制作し、2010年より2013年まで語学留学を兼ねて台北に在住。現在は拠点を東京に戻し、東京と台北を行ったり来たりしながら映画・映像、イベント、取材のコーディネート、記者、ライターなどで活動。2012年から台湾映画『KANO〜1931海の向こうの甲子園〜』の製作スタッフをつとめた。2016年から台湾文化センターとの共催で年8回の台湾映画上映&トークイベントを実施。毎回瞬時に満席となる人気。
アジアンパラダイス http://www.asianparadise.net/
Twitter @jyangzi

Edited:小俣悦子(フリーランス編集・ライター)



『親愛なる君へ』
7月23日(金・祝) シネマート新宿・心斎橋ほか全国順次公開

君が生きていてくれたら… 僕はただ、大好きな君を守りたかった ──

老婦・シウユーの介護と、その孫のヨウユーの面倒をひとりで見る青年・ジエンイー。血のつながりもなく、ただの間借り人のはずのジエンイーがそこまで尽くすのは、ふたりが今は亡き同性パートナーの家族だからだ。彼が暮らした家で生活し、彼が愛した家族を愛することが、ジエンイーにとって彼を想い続け、自分の人生の中で彼が生き続ける唯一の方法であり、彼への何よりの弔いになると感じていたからだ。しかしある日、シウユーが急死してしまう。病気の療養中だったとはいえ、その死因を巡り、ジエンイーは周囲から不審の目で見られるようになる。警察の捜査によって不利な証拠が次々に見つかり、終いには裁判にかけられてしまう。だが弁解は一切せずに、なすがままに罪を受け入れようとするジエンイー。それはすべて、愛する“家族”を守りたい一心で選択したことだった…

監督/脚本:チェン・ヨウジエ
監修:ヤン・ヤーチェ(楊雅喆)
出演:モー・ズーイー、ヤオ・チュエンヤオ(姚淳耀)、チェン・シューファン、バイ・ルンイン(白潤音)

2020年/台湾/カラー/106分/シネマスコープ/5.1ch
原題:親愛的房客
配給:エスピーオー、フィルモット
© 2020 FiLMOSA Production All rights
公式Twitter:@filmott



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