【進化する韓国アニメーション! サイコホラー『整形水』の何がそんなに「ヤバイ!」のか?】前編:アニメーションだからこそ描ける、肉体の変化と揺れる感情
世界中でファンを獲得しているオムニバス形式のウェブトゥーン『奇々怪々』シリーズ。その人気エピソードのひとつ「整形水」がアニメーション映画化され、9月23日より日本全国で公開されている。顔に浸すだけで美人になれるという“整形水”を手にしたヒロインをめぐり、人間の深い業と心の闇をこれでもかというほどに炙り出していく本作。アニメーションならではの利点を生かし、さらに怖く、グロく、美しく、狂気の世界へいざなってくれる。
前編:アニメーションだからこそ描ける、肉体の変化と揺れる感情
興行に有利な実写化ではなく、アニメーションへと進化
韓国で発展し世界に広がった、漫画のプラットフォーム“ウェブトゥーン”。多くの韓国ドラマや映画の原作でもあり、韓流コンテンツの世界化に大きく貢献している。
今回、「整形水」がアニメーション化されたと聞き、筆者は当初「なぜ実写ではないのか?」と疑問に思った。正直なところ、韓国の商業アニメーションの市場では、大人向け劇場用作品の興行はとても難しい。海外での韓流ドラマ・映画人気を考えても、実写の方が売り込みに有利なはずなのに……。
だが本編を観て「これは、アニメしかできない!」と納得せずにはいられなかった。もちろん「過激過ぎて実写化できない!(苦笑)」という理由が一番だが、同時に、それだけではない「アニメーションの生かし方」が随所に散りばめられていたからだ。
ウェブトゥーン「整形水」は、いかにしてアニメーション映画『整形水』へと進化したのか? アニメーションという表現の魅力を挙げながら、ひも解いてみようと思う。
俳優が演じるよりも「自分ごと」として体感できる非存在キャラクター
映画を観る前に、原作の「整形水」を読んだ方は、アニメ版が「整形水で変身する」というコンセプトだけ残して、大幅にアレンジされたことにお気づきだろう。原作版が“整形水”を主役とした物語だとすると、アニメ版は、主人公イェジと彼女を囲む“人間”を中心とした物語へと、大きく生まれ変わっていた。
原作版は、整形水をめぐる人々の欲望が制御不能に陥るプロセスを、第三者的な冷めた視線で追っている。だがアニメ版では、イェジをはじめとした登場人物たちの心の闇に飛び込み、肉体の変化とともに激しく揺れる感情―憎しみ、軽蔑、残虐さetc.―を、容赦なくえぐり出している。 こうした心理を、映画という限られた時間でストレートに観客に伝えるには、実在の俳優が演じるよりも、非実在のキャラクターに象徴させる方が効果的なこともある。
“容姿のせいで卑屈な”イェジ、“美人だが性格は最悪な”ミリ、といった登場人物たちの特徴を、自分自身や周囲の人のイメージと自由に重ね合わせながら、「自分ごと」として体感できるからだ。
記号化することで、誰もが感情移入できる普遍性を得られるのが、アニメーションという映像表現の強みだ。
想像力を刺激するメタモルフォーゼ(変身)の醍醐味
本作では、“整形水”によって顔や身体が“変身”していく場面が見どころの一つだが、この場面こそ、アニメーションがもっとも得意とする“メタモルフォーゼ(変身)”の醍醐味を味わえるポイントだ。
全体にリアルなキャラクター造形の中で、整形したイェジ=ソレだけが、いかにもマンガチックな美女像で描かれているが、そのアンバランスな違和感が、画面に静かな狂気を加えている。
現地公開前のインタビューで、チョ・ギョンフン監督とチョン・ビョンジンプロデューサーは「原作のウェブトゥーンでは、身体の変化がかなり過激な表現になっているが、アニメーションでは少し抑えめにした。無難になり過ぎたかと思ったが、出来上がった映像はちょうど良い加減だったと思う」とコメントしている。
表現方法を工夫し、過激さのレベルを自在に調整できるのも、アニメーションの利点だ。(確かに、原作を日本版の「LINEマンガ」で読むと、一部のページで「表現ガイドラインに反しており表示できない」旨のメッセージが表示される)
“瞳の色”が導く衝撃のラスト―。色彩でイメージを自在に操る
また、動きやキャラクター以外に、画面の色彩を駆使して作品のイメージを操ることも、アニメーションなら自由自在だ。原作では、他の短編と統一されて終始モノトーンで描かれているが、アニメ版では、場面に応じた色彩の変化がとても印象的だ。
例えば、変身前のイェジのアパートや自室は、彩度を抑えた薄暗いトーンで描かれているが、変身してソレと名乗った彼女がショッピングにふける場面や、テレビの撮影でスポットライトを浴びる場面では一転、原色を交えた明るく華やかな色彩へと変化するなど、色の持つ象徴性が、彼女の心の揺れを饒舌に語っている。
そして、本作の中でもっとも重要な“色”は、冒頭でジフンが褒める、イェジの“瞳の色”だ。台詞では「茶でも黒でもない/珍しい/美しい色」と言葉にされているが、確かに、見る人によって何色だとも言える、複雑な色彩で表現されている。
元の容姿を完全に捨てたイェジだが、唯一他人に褒められた、瞳の色だけはそのままだ。瞳はイェジのアイデンティティそのものだが、定義不能なその色は「イェジでもソレでもない」存在の不安定さを表しているかのようだ。 物語においては、重要なキーアイテムとして、衝撃のラストへと観客を導いていく。
<後編:新たな奇才が手がけた異色作。世界の映画祭で評価された“大人向けジャンル” につづきます>
Text:田中恵美(ライター・編集者)
1990年前後のアジア美術ブームをきっかけに、韓国の現代美術や民衆美術を通じた交流活動に携わる。特に「花開くコリア・アニメーション+アジア(花コリ)」運営委員として、日韓アニメーション界の交流をサポート。韓国関連の執筆・編集では、ドラマなどのほか美術・デザイン、野球、ジャズなど専らニッチ担当(笑)。
花コリ公式サイト:https://anikr.com/
Edited:野田智代(編集者、「韓流自分史」代表)
映画『整形水(原題:奇々怪々 整形水)』
2021年9月 23 日(木・祝)全国ロードショー中!
誰もが美しくなれる奇跡の水。つけたら最後、破滅のはじまり―。
【STORY】
小さい頃から外見に強いコンプレックスを持ち、人気タレントのメイクを担当しているイェジ。タレントからは罵倒され、ふとした偶然で出演した TV 番組では、自分への悪意ある書き込みで自暴自棄に。そしてある日、巷で噂になっている“整形水”がイェジの元へ届けられた。顔を浸せば、自らの手で自由自在に思い通りの容姿へと変えることができてしまう奇跡の水。後遺症も副作用もない。美しくなりたいという欲望に駆られ、イェジは“整形水”を試すことを決意する。全く新しい人生を歩むために。それからしばらくして、周囲で不審な出来事が起こり始める…。
原作:オ・ソンデ(LINE マンガ『奇々怪々』内「整形水」)
監督:チョ・ギョンフン
声の出演:沢城みゆき、諏訪部順一、上坂すみれ、日野聡
2020 年/韓国/ 85 分/カラー/ビスタ/5.1ch/英題:BEAUTY WATER/翻訳:小西朋子/PG12
提供:トムス・エンタテインメント
配給:トムス・エンタテインメント/エスピーオー
©2020 SS Animent Inc. & Studio Animal &SBA. All rights reserved.
公式Twitter:@seikeisui(#映画整形水)
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