台湾ニューシネマのあとで|最終回 多様性と台湾アイデンティティ
『海角七号 君想う、国境の南(原題:海角七號)』の記録的ヒットの要因のひとつに、台湾語を使っていることがある。南部を舞台にしているため必然的に生活用語として台湾語の台詞が多く、台湾の人々にとって"自分たちの映画"であるという意識が高まったのではないだろうか。
日本で公開される台湾映画は普通語(中国語の標準語)がメインだが、現地では台湾語を多用したヒット作が多い。
主に旧正月に台湾で公開されるコメディや人情もので、『雞排英雄』(2011)、『陣頭』(2012)、『大尾鱸鰻』(2013)、『大稻埕』(2014)、『大囍臨門』(2015)、『角頭2:王者再起』、『花甲大人轉男孩』(2018)などが歴代興行成績ベスト20にランクインしている。これらの作品はあまりにローカル色が強く、台湾語がわからないと笑いのツボが理解不能な為、日本でこれらの映画が買い付けられることはない。
しかし、そこをバランス良く仕上げ日本公開された『父の初七日(原題:父後七日)』(2010)と『祝宴!シェフ(原題:總舖師)』(2013)は、台湾巨匠傑作選で上映されるので、注目していただきたい。
言語はアイデンティティに強く影響する。それだけでなく、台湾の伝統や生活習慣、都市伝説を扱った映画で台湾アイデンティティを呼び起こした作品が次々と生まれているのは、今の国際情勢の中では必然と言えよう。
昨年台湾で大ヒットした『返校』は、これまで語られなかった白色テロ(※)に正面から向き合った映画だ。サスペンス仕立てで、ここ数年激増するジャンル映画の追い風を受け歴代11位という記録を達成した。
また、ヤン・ヤージャ(楊雅喆)監督の『血観音』は、台湾で実際に起きた収賄事件をもとに複雑な人間関係、政界・財界をめぐる殺人事件という魑魅魍魎を描き、2018年の各映画賞と興行成績の両方を獲得。
これと競ったのが、台湾の格差社会を独特のブラックユーモアで描いたホアン・シンヤオ(黃信堯)監督の『大仏+(原題:大佛普拉斯)』。
この2作品は大阪アジアン映画祭と東京国際映画祭で上映され、台湾文化センターで開催している上映イベントでは両方ご覧いただいた。どちらもまだ日本での配給は付いていないが、『血観音』は台湾巨匠傑作選で上映されるので要チェックだ。
台湾映画がどん底だった時に台湾の映画人たちが巻いた種は、確実に芽を出し続け、さらに広がっている。徒弟制の時代が終わり、多方面からのクリエイターの参入、そして今台頭しているのはさらに若い世代だ。
最近では大学で映像を学ぶ学生たちの作品がプロデューサーの目にとまり、商業映画で監督デビューする傾向が増えている。都市伝説を映画化したホラー『紅衣小女孩』(2015)、『紅衣小女孩2』(2017)のチェン・ウェイハオ(程偉豪)やアクション映画『狂徒』(2018)のホン・ズーシュアン(洪子烜)などがその好例だ。
台湾では新しい才能が次々生まれ、クリエイターの世代が広がり、作品の多様性を進化させている。台湾映画のこの勢いに、私たちは目を離さずにはいられない。
※白色テロ
1947年から1987年の戒厳令下における、国民党政府が反体制派に対して行った政治的弾圧。
主に台湾の知識人や社会的エリート約14万人が投獄され、うち3〜4千人が処刑されたと言われる。
Text:江口 洋子
台湾映画コーディネーター。民放ラジオ局で映画情報番組やアジアのエンタメ番組を制作し2010年より2013年まで語学留学を兼ねて台北に在住。現在は拠点を東京に戻し、映画・映像、イベント、取材のコーディネート、記者、ライターなどで活動。台湾映画『KANO』の製作スタッフをつとめた。2016年から台湾文化センターとの共催で年8回の台湾映画上映&トークイベントを実施。
「台湾巨匠傑作選2020」
開催中~ 11月13日(金)新宿 K's cinemaにて
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