Cinemartで不定期連載中の「【韓流お仕事図鑑】あなたのもとに韓国ドラマが届くまで」。
この連載は、韓国ドラマを日本のお茶の間に届ける過程に携わる人たちへのインタビューです。今回、その中で「師任堂(サイムダン)、色の日記」に携わる人たちへのインタビューを、この「師任堂~」特集ページでも掲載!
連載第2回目は、海外の映像作品には欠かせない翻訳。
実は、「翻訳」と一言で言っても、ドラマの翻訳には「字幕の翻訳」「吹き替えの翻訳」の2種類あるってご存知でしたか?
今回は、最新作「師任堂(サイムダン)、色の日記」に関わる字幕版の翻訳者×日本語吹替版の翻訳者の方たちの鼎談をお届けいたします。
<プロフィール>
岩井理子さん(字幕翻訳者)
韓日翻訳者。字幕を中心に、実務翻訳等にも携わる。翻訳書に『変革の知』(角川新書)、共著に韓国語学習者向けのテキスト『日本語を活かしてつかむ中級韓国語のコツ』(白水社)がある。
田辺佳子さん(吹替翻訳者)
長く会社員をしたのち、フリーランスとなってドラマ、映画の吹替翻訳に従事。主な担当作品に『王の後宮』『曹操』など。
光瀬憲子さん(吹替翻訳者)
実務翻訳を経て字幕・吹替翻訳の面白さにハマり、映像翻訳家に転換。主な担当作品に華流ドラマ『曹操』、中国映画『人魚姫』、米ドラマ『スコーピオン』など。
第1回 「“僕”?“オレ”?」 :2017.3.13更新
第2回 「文字情報の字幕、音声情報の吹き替え」 :2017. 3.14更新
第3回 「時代劇は、楽だけど大変?」 :2017. 3.15更新
第4回 「翻訳者の味方は、マンガ!?」 :2017. 3.16更新
<鼎談>字幕翻訳者・岩井理子さん×吹替翻訳者・田辺佳子さん&光瀬憲子さん #3
― みなさんの翻訳への"こだわり"を教えていただけますか?
岩井:
韓国語って直訳でも通じてしまうことが結構あるんです。
日本語として不自然ではあるけどなんとなくわかるみたいな。
でもそれを、そのままにせずに「日本語だったらどう言うだろう」と考え、言い換えるようにしています。
たとえば、直訳だったら「おいしく召し上がってください」というセリフ。
食事を勧める時の決まった表現なんですが、意味もわかるし、シチュエーションもわかる。
でも、日本人はそうは言わないじゃないですか。それは、直訳であって翻訳ではないんですよね。
間違いではないんですが、やはり不自然。そういう時に日本語ならどういうか、というのを考えて私は変えてしまうんです。これは一例ですけど、なるべく原語に引きずられないようにしています。
光瀬:
吹き替えでも「日本語がおかしくないか?」とか「日常会話でこんなこと言わないんじゃないか」というのは考えますね。
あと、吹き替えはキャラクター作りみたいなことも意識します。
強烈なキャラクターが出てきた場合、「韓国ではこういうキャラクターだった。それを変えずに、どう日本語で表現するか」を考えます。
田辺:
あと、細かな表現に関しては、声優さんと一緒に作り上げていくことがあるのも吹き替えならではかもしれません。
光瀬さんと「師任堂~」の吹き替え台本を作成している時、コ・ヘジョン(※)に関して 「彼女の語尾は女性っぽくしない」と決めていたんです。
でも声優さんに読んでいただいたとき、若干女性のかんじが残っていて。
最初の何話かまでは戸惑いも見えたのですが、収録が進むに連れてコミカルな面も含めてキャラを確立してくださいました。
※コ・ヘジョン:ジユンの友人、かつ寿進坊日記の修復作業を担当する女性。ミュージカル女優であり、名バイプレーヤーのパク・ジュンミョンが演じている。
― 台本の話が出ましたが、モブ(群衆)のセリフは吹き替え翻訳の方が書いているわけではなくて、アドリブなんですか?
光瀬:
基本は書いてます。ただ、収録のときに「もっと盛って!」と演出家の方に言われて、声優さんが考えている場合もあります。
田辺:
言ってはいけない言葉もありますからね。
ガヤ(※)も「こういう流れのガヤで」というのは書いてます。反応だけすればいい、みたいなときは書かないですが。
※ガヤ:周囲のがやがやとした声のこと。
― 字幕では、あまりガヤは翻訳されないですよね?
岩井:
字幕は、ガヤは書かないです。
むしろ、情報が多いと読むのが負担になるので、字幕ではストーリーに関係ないものは落とす方向で書きます。
だいたい雰囲気で「このシーンはみんなが怒ってる」とかわかるので、必要な音声以外は落としていきます。
― 逆に吹き替えでは、音声を全て翻訳するんですか?
光瀬:
そうですね。吹き替えられるものはすべて吹き替えます。
案外大変なのが背景で流れているテレビとかラジオ。
― どうしてテレビやラジオが大変なんですか?
光瀬:
テレビとかラジオは、ボソボソ言っていて、原音が聞き取れないことが多いんです。
そういう場合は自分で何かしら作らなきゃいけない。
でも、そんな創作セリフでつまらない間違いをして、そこで直しが入っちゃったり...。
― なるほど!それは大変ですね...。
光瀬:
だから時代劇は楽なんです、テレビが出てこないから(笑)。
あと、舞台が王宮だったりすると、喋るのは王様1人で下の者は喋らないし。
...と思っていたら、「師任堂~」の現代劇パートでクラブに行くシーンがあって...(笑)。クラブの中でも外でも、人がたくさん喋っているっていう状況で...
― たとえば1シーンに20人の登場人物がでてきたら、20人分のセリフを作らなきゃいけない、ということですもんね。
光瀬:
そうなんです。ずっと見つめあっているだけだったら、どんどん進むんですけどね(笑)。
「師任堂~」では、流民の人たちが同時にわーっと喋るシーンがあって。字幕だと大事なセリフをいくつか抜き出すと思うのですが、吹き替えだと5人同時に口を開いていたら、口を開いているところに全部セリフを入れていかないといけない。
田辺:
そうそう。たくさんの流民が全員喋っていて、そこにさらに頭の中の声がボイスオーバーして...。そういうシーンが出てくると、「今週は終わったな...」と思いました(笑)。
一同:(笑)
― それぞれの翻訳者の視点からみて、字幕で観る魅力、吹き替えで観る魅力は何だと思いますか?
岩井:
字幕だと、やはり俳優の声が聞けることですね。
韓国ドラマの視聴者の方は俳優のファンの方が多いと思うので、その人の声を聞けるのが一番じゃないですかね。
これはネットで読んだのですが、言葉独特の雰囲気というのがどんな言語にもあるみたいで、それが残るのが良いって言っている方がいました。
俳優の声が聞ける。言葉が持つ独特の雰囲気が残っている。
字幕は、ながら見も出来ずじっと画面を見ていなきゃいけない面倒くさい方法です。それでも今なお残っているのは、そういう理由なのかと思います。
光瀬:
吹き替えの良さは、情報量の多さですかね。
字数制限もなく、全部入れ込めるから、ストーリー展開が分かりやすいんじゃないかと思います。
岩井:
吹き替えの方が合っているとか、楽しめる作品もありますよね。
光瀬:
あとは声優さんの魅力もあると思います。
今は特に声優さんが人気ですし、「声優さんがこの人なら見たい!」っていう方も多いと思います。
田辺:
翻訳者の私たちも、「主演は誰かな~」って台本見る瞬間、楽しみですよね(笑)。
光瀬:
そうそう。翻訳している時も、「この役、誰がやるんだろうな~」って思いながら作業しています。
― 翻訳されている時に「こういう声かな」とかある程度イメージはあるのでしょうか?
田辺:
有名な方だと、吹き替えの声優さんは決まっていたりしますからね。でも妄想配役会議はしますよね(笑)。
光瀬:
はい、しますね(笑)。
田辺:
あと演じられる声優さんがわかると、多少ですがその方の癖を台本に盛り込んだりもします。
早口な方だったら多めにセリフを入れたり。そうやって、だんだんキャラクターが作られていきます。
― キャラクターにどんどん磨きがかかっていくかんじですね。
「師任堂~」では時代劇と現代劇のパートがありますが、時代劇と現代劇それぞれに注意されていることはありましたか?
岩井:
「師任堂~」はフィクションの要素が大きい作品だったのであまり気にしませんでしたが、韓国時代劇では史実に即したお話でも、史実に即してないことがあるんです。この時代にこの風習はなかったとか。
その辺の裏付けを確認して、誤訳にならないようにすること。あと、事実と違う部分を如何にボカすか。
「誤訳」とは言われたくないので、防衛本能が働くんですよね。
あと、「師任堂~」では、サイムダンの幼い息子のセリフの翻訳も印象に残っています。
日本ではこの時代、小さい子供でも"僕"は使わない、と言われたので、"私"にしたんです。
でも、それはそれで違和感があり。なるべく呼称を出さない字幕にしました。
でも、どうしても第一人称がないとおかしいシーンはでてくるので、事実に即していった方がいいのか、それとも違和感なく見られる方がいいのか考えましたね。
― 史実の正確さを優先するのか、自然さを優先するのか。非常に難しい問題ですね。
その他にも時代劇を翻訳する際に意識されることはありますか?
岩井:
時代劇で特に気をつけるのは使う単語ですね。現代っぽさを感じさせないようにしています。
でも、人によってその感覚は違うみたいで、私が「この単語は現代っぽい」と思って修正しても、全く違う単語に「現代っぽい」と直しが入ったりする。
そうやって指摘があった単語を外して、チェックして、また指摘があれば外して。
それを繰り返して、視聴者の方に届く頃には、「現代っぽい」単語は無くなっていると思います。
多くの方に違和感なくご覧いただくようにするためには、一人の感覚だけでは出来ないんだと思います。
田辺:
たとえば、高麗時代を描いたドラマでも、古い言葉だと思って使っていた言葉が、実際には1500年ぐらいに出来ている言葉だった、とかもありますよ。
史実を言えば、1000年ぐらいの高麗時代にその言葉が出てくるのはおかしいんですよね。
岩井:
だから厳密には"時代劇っぽさ"を出すということですね。
視聴者の方に受け入れてもらいやすい時代劇言葉を選ぶこともあります。
いくらその時代に使われていた言葉でも、わかりにくい言葉は使えないので。
― 吹き替えではどうですか?
光瀬:
時代劇のときにはゆっくり話すようにしています。
田辺:
そうですね、時代劇はたっぷり間をとっています。慌てて喋ると現代っぽくなります。
「師任堂~」の場合は特にその違いを意識しました。
空気の流れや時間の流れが変わったことを表すためにも、明らかに変化をつけた方が面白いですから。
光瀬:
あとは「本当です」と言うのを「まことです」と言ったり、「永遠(えいえん)に」を「とこしえに」って言ったり。時代劇の定番っぽい言い方はあります。
声優さんも時代劇と現代劇の切り替えが難しいみたいですよ。
ずっと時代劇のサイムダンを演じていたのに、一回止めて、次はソ・ジユンにならなきゃいけない。セリフも違うけど、演じ方も変わると思うので。
今回、サイムダン/ソ・ジユンの声を演じたのは、女優の生田智子さん。
「宮廷女官チャングムの誓い」に引き続き、イ・ヨンエを演じた。
― たしかに時代劇ならではの言い回しってありますよね。
岩井:
細かいことなんですが、字幕でも、現代劇では「~してる」と表記して、時代劇のときは「~している」と変化をつけていました。
あとは時代劇のときにはあまりカタカナを入れないようにしています。
たとえば、"キレイ"という言葉は、現代だとカタカナで表記した方がフィットするんですが、時代劇の字幕にそれが入ると浮いてしまうんです。
こういうのは現代劇と時代劇が混ざっている作品だからこその注意点ですね。
光瀬:
「師任堂~」のようなポップな時代劇と、王宮ものみたいな重厚な時代劇とでも違いますよね。
岩井:
ありますね。「師任堂~」には、現代っぽい表現が時代劇のパートにも出てくるんです。そうなるともうカタカナを使いたくなっちゃって...。
原語の雰囲気からすると、そこまで重くない方が合うのではと感じましたね。
<第4回に続きます>
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